「あの人はセンスがあるから」
そう思って、自分は無理だと、あきらめていませんか。
今日は「センスは、才能じゃない」という話をします。
うまくいっている人を見て、こう思うこと、ありますよね。
「あの人はセンスがあるから」って。
デザインでも、文章でも、しゃべりでも。
自分にはセンスがないから、どうせ無理だ、と。
その気持ち、身に覚えがある人は、多いはずです。
僕も、昔はまったく同じことを思っていました。
でも、ひとつ、知っておいてほしいことがあります。
センスは、生まれつきのものじゃありません。
【センスの正体は、二つだけ】
センスの正体は、たった二つです。
ひとつは、良いものを、どれだけ浴びてきたか。
もうひとつは、真似して、どれだけ直してきたか。
この二つの、掛け算なんです。
センスがある人は、要するに、良いものをものすごい量、見てきた人です。
だから、良し悪しの基準が、頭の中にたくさん入っている。
たとえば、いい文章をたくさん読んできた人は、自分が書いたときに「ここが読みにくいな」と、すぐ気づけます。
逆に、あまり読んでこなかった人は、比べる基準がないから、どこが良くて、どこがダメかが分からない。
この差が、そのまま、センスの差に見えているだけなんです。
【順番は、いつも同じ】
だから、順番はこうです。
良いものを浴びるから、基準ができる。
基準があるから、ダサさに気づける。
気づけるから、直せる。
直すから、良くなっていく。
才能の話じゃなくて、完全に、積み重ねの話なんですよね。
ここで、多くの人が勘違いしています。
最初から、良いものを作れる人なんて、いません。
今あなたが「センスあるな」と思っている人も、最初は絶対に、ダサいものを作っていました。
その見えていない時期が、あるだけなんです。
むしろ、自分のダサさに気づけること自体が、センスの入り口なんです。
【「自分にはセンスがない」は、危ない言葉】
ここで、大事な話をひとつ。
「自分にはセンスがない」という言葉、あれは、かなり危ないんです。
なぜなら、その一言で、伸びる道を自分で閉じてしまうから。
才能のせいにした瞬間、努力する理由がなくなります。
動かないから、基準も増えないし、直す回数も増えない。
結果、本当に、いつまでも育たない。
自分で自分に、呪いをかけているようなものなんです。
でも、センスは後天的だ、と知っていると、話が変わります。
今からでも、浴びて、真似して、直せば、身についていく。
そう思えるから、動き続けられる。
【半年後に、別の場所に立つ】
これは、何かを表現する人、全員に言えることです。
最初の作品が、ダサいのは、当たり前。
そこで「向いてない」と辞める人と、ダサさを一個ずつ直していく人。
スタートは同じでも、半年後には、まったく別の場所に立っています。
その差を生んだのは、才能じゃありません。
浴びた量と、直した回数。
それだけなんです。
だから、もし今、自分にはセンスがないと思っているなら。
それは、才能がないんじゃなくて、まだ量が足りていないだけです。
いいなと思うものを、たくさん浴びて、真似して、直す。
その地味なくり返しの先に、センスは、あとからちゃんと付いてきます。











